2014年12月17日水曜日

『あん』 ドリアン助川・著

12月からの半年間、
毎朝3時、4時には起きて仕事を始めます。

あん玉をきり、大粒の苺を丁寧に包みあげたり、
あたたかい羽二重餅でくるんだり。

「ラジオ深夜便」を聞きながらの和菓子作り。
そんな中「著者に聞きたい本のツボ」というコーナーで、
ドリアン助川さんが登場。
著書への思いを熱く語っていました。

「あん」

どらやき屋を舞台に、
「生きる意味をあえて問う」
作品を書いたつもりだと語っていました。

その1か月後、地元紙に著者のインタビュー記事。

この作品に魂を込めるために、
製菓専門学校に通い詰め、資格を得たこと。

32冊目の著書である本書が、
「生涯の一冊、代表作」
という想いで書かれていることを知ります。

物語のあらすじは、
ポプラ社のサイトをご覧いただくとして、
私が一番胸にしみたのは、
徳江さんが「あん」を炊き上げる描写です。

物語に命を吹き込むためには、
「あん」炊きの描写に、
徳江さんの人生の輝きまでも、
映し出すように表現しなければなりません。

P27~P38にかけての、
千太郎が初めて徳江さんのあん炊きを
目の当たりにする描写に圧倒されました。

リアルで緻密でありながら、
「小豆の声」なき声を感じながら炊き上げる、
詩的で抒情的な描写が散りばめられ、
レシピ本とはまったく違う魅力を放つのです。

その「あん」を千太郎がはじめて食べるシーン。

 暖かさの残る粒あんを、焼きたてのふっくらとした皮で挟む。好きな者なら顔の緩む瞬間だ。
 徳江に一礼して、千太郎は口に持っていく。
 途端、香りが鼻を包み、頭の裏へと抜けていった。
 業務用のあんとはまったく違う、生きた小豆の香りだ。縦に弾むように香りが跳ねている。それでいて奥があった。千太郎の頬の内側に澄んだ甘みが広がっていく。

「縦に弾むように香りが跳ねている」
「それでいて奥があった」
あんの美味しさをこのように表現した文章に、
私は初めて出会いました。

私自身、「あん」を美味しく炊くことを業とし、
それを文章で伝えたいと、
何度も何度も文章を書き続けていますが、
こんな美しく、おいしそうな表現があったのかと、
感動しました。

徳江さんの人生を輝かせるために、
著者が人生をかけて磨き上げた文章で、
「あん」の魅力が描かれてゆきます。

その『あん』は映画化が決定しました!

助川さんが川瀬監督に映画化を熱望して実現。
すでに撮影も終えているようで、今から6月の公開が楽しみです。

登場人物のひとり、
どら春の千太郎は高崎出身の設定。

私も高崎であん炊きに情熱を注ぐ職人の一人として、
徳江さんが人生を捧げた大切なものを、
少しでも次代に伝える懸け橋になりたいものです。

生きる意味とは・・・
故郷ゆかりの偉人、内村鑑三さんの、
ユーモアたっぷりの講演録にも通じる人生観だと感じました。

「勇ましい高尚たる生涯」に心からの感謝を。

【文責 宮澤 啓】

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2014年11月29日土曜日

『甘い対決「和菓子の東西」展』 虎屋文庫・著

菓子に文化を添えて売る和菓子店
「虎屋」が主催する年に1~2回の企画展の資料
なんと無料!

今年もありがたいことに、
東京から和菓子教室の依頼を受けました。

せっかく東京に行くならと、
朝一番のお菓子作りを終えると、
大好きなお菓子屋さん2軒を訪ねました。

小石川の菓匠は、日本にとどまらず、
外国の方に和菓子を紹介する先駆者です。
現在も72候の菓子を
フランス語で紹介する著書を執筆中です。

NZ訪問前に、いただいたアドバイスがなかったら、
私は和菓子職人と粘土職人の違いを、
うまく伝えることが出来なかったかもしれません。

『和菓子職人はお菓子が作れたら終わりじゃないぞ』
『そこに先人の想いを、その菓子の歴史を添えるんだよ』
『食べておいしくて、さらに物語を感じて頂けるのが和菓子』

そんな菓匠ご夫妻がおすすめして下さったのがコチラ。
虎屋文庫さんの企画展です。
会期間際とあって、たくさんの来場者で一杯です。

和菓子の東西対決で一番興味深かったのが、
『あなたの故郷の桜餅はどっち?』
という公開調査です。

桜餅の東西の歴史については、
以前ブログで取り上げたところ、
元祖が東京!京都!!という白熱した議論が、
コメント欄で展開されて度肝を抜かれたことがありました。
郷土愛の深さを感じたものです。

「甘い対決」の中では登場しませんでしたが、
今、一番気になっていたのは、『亥の子餅』。
地域により、お店により、職人により、
これほど違うお菓子はめずらしいと思います。
一幸庵と虎屋の亥の子餅

同じ名前の菓子が、これ程違うのはなぜ?

500年近い歴史を持つ虎屋さんなら、
「これが本物!」という答えがあるものと思って、
思いきって質問してみました。

すると、「こう作るのが正解」
という雛形はなく、
多種多様に発展しためずらしいお菓子、
ということがわかりました。

歴史的には、
源氏物語にも登場する、
1000年の歴史を誇る「亥の子餅」。

室町時代から、
餅菓子を中心に宮中のお菓子を引受けていた
「川端道喜」さん。

ちなみに川端道喜さんの亥の子餅はコチラ。
(「和の菓子」 高岡一弥・企画監修より)
実にシンプルです。

大きさも碁石ほどの小ささだったことから、
徳川3代将軍・家光は、
家臣の厄除け招福を願って配る際、
節分の豆まきのようにバラまいたと伝えられています。
(「和菓子の京都」 川端道喜・著より)

歴史的背景や由来、縁起に関しても、
諸説あり、調べれば調べる程、
奥の深い菓子です。

本日は、虎屋文庫さんの1冊の資料から、
来年度、私らしい「亥の子餅」が、
たくさんの物語を添えて誕生するかもしれない、
というお話しでした。


【文責 宮澤 啓】

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『甘い対決「和菓子の東西」展』
虎屋文庫・著 非売品



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2014年11月22日土曜日

『笑うスイーツ-ゴージャス・カワイイ』 ルコラニコラ・中村 史 著



お菓子を見ると笑顔になる。

小さい子供からおじいちゃん、おばあちゃんまで、
お菓子が好きな人はお菓子を見ると笑顔になる。
洋菓子ならキラキラしたケーキ、色とりどりのマカロン、
誰もが好きなチョコレート。
和菓子だったら黄金色のカステラ、アニメのキャラクターも大好きな
どら焼き、そして何よりも色々な花や形を現した上生菓子。
どんなに塞ぎこんでいたり、緊張した心持ちでいても
お茶と一緒にお菓子を食べれば
いつの間にか心はほぐれて笑顔になっている。

この本はそんな人を笑顔にするお菓子そのものが
笑っているというとてもユニークなものだ。
もちろん笑っているだけではなくて、困った顔だったり
おとぼけた表情だったりもするがどれを見てもつい
和んでしまう。

こちらは以前母が本屋で見つけて「こんなのどう?」
と買ってきてくれたもの。
身内が選んだものだけあって、私の好みの
こんなお菓子が載っていた。
p20、21の”ケロッパーズ”は草もちの合わせの部分を
カエルの口に見立てた思わずなるほど!!と
言ってしまうようなお菓子。
草もちの色合いはカエルそのままだし、広い合わせ目は
大きな口のカエルらしさがよく出ている。
(なぜ好みかといえば私は無類のカエル好きだから
というのはすこし余計な話だ。)
草もちは職場でも作るが、こうして見ると
また違った印象に見えてくる。

p24、25の”どらTARO”はどら焼きが
太陽の塔のあの顔になっている。
TAROはもちろん太陽の塔の製作者である
岡本太郎さんのこと。
挿入文で筆者の中村さんが言っている
”芸術家が焼いたらこうなりました”という言葉が
なんともその通りで、むしろいろいろな人が
色々な考えでどら焼きを焼いたらどうなるんだろうと
想像してしまった。

ちなみにp42の市販品でつくる笑うスイーツの
ページでは銘菓「ひよこ」が使われていて、
自分も小さいころアレンジというほどでは無いが
「ひよこ」を切ったりくっつけたりして
別のものにしていたなぁなんてすこし懐かしくなった。

仕事で作る、商品としてのお菓子とはまた
違った魅力を持った笑うスイーツたち、
家族や友達へのプレゼントにしたらきっと
受けること間違いないだろう。
クリスマスも近いことだし、こんな人を笑顔にする
お菓子でパーティーを盛り上げるのもいいかもしれない。

【文責 加部 さや】


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『笑うスイーツ-ゴージャス・カワイイ』
ルコラニコラ 中村 史・著 学習研究社



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2014年10月19日日曜日

『和菓子』 中村肇・著

日本文化の魅力を「和菓子」を通して再発見
京菓子の美を追い求めた著者の7年間の集大成

表紙からして、息をのむ程美しい和菓子の写真ですが、
ページをめくるたびにため息がでる美しさです。

しかも、すべての写真が自然の光で撮影された、
というのには驚きを通り越して感動しました。

春夏秋冬、日差しにも色があり、強弱もあります。
自然の光が、和菓子の季節感と見事に融合した写真は、
その季節、その瞬間にしか撮ることができません。

また、京菓子の季節変化は大変早く、
昨日あったお菓子が、今日もあるとは限らないし、
去年あったから、今年もあるとは限らないわけです。

さらに、菓子は季節だけでなく、
職人により変化します。
それぞれの美意識が、
様々な表現でお菓子に映し出されるのです。

その瞬間瞬間を、それぞれのお店で調査しようと思ったら、
莫大な手間・時間・お金がかかります。
それをすべて中村さんに代行して頂いたとすれば、
この本の書籍代など、本当に安いと思います。

お菓子のカット写真については、
賛否両論あるようですが、
私はカットして初めて理解できる世界を拝見できて嬉しいです。

特に、あんこの色がお店によって違うことや、
菓子の表面的な美しさだけでなく、
切らなければ気が付かない内側にまで、
色彩の配慮がされているものもあり、驚きました。

素晴らしい本を作って下さって本当に有難うございます。
読むたびに、和菓子の魅力を再認識し、
背筋の伸びる1冊です。

【文責 宮澤 啓】

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2014年10月16日木曜日

『和菓子 夢のかたち』 中山圭子・著

東京藝大卒業後、虎屋文庫にて展示企画や資料整理、研究に携わる著者が、
和菓子の魅力を素敵なイラストとともに紹介する瑞々しいエッセイ

虎屋文庫の野上さんの本を紹介したら、
中山さんの本を紹介しないわけにはいきません。

たくさんの著作の中から最初のご紹介は、
『和菓子 夢のかたち』

理由は、私が初めて買った中山さんの本だからです。

中山さんの本は、
和菓子の研究者として側面から、
論文っぽい内容のご著書が多いです。

しかし、この本は本当に瑞々しい「エッセイ」。
中山さんが、なぜ和菓子と出会い、
その魅力の虜になっていったのか、
エピソードが豊富です。

また、疑問がわいたときの行動力が半端ではありません。
P.132「南蛮菓子あれこれ」では、
南蛮菓子の企画展の準備をすすめるうちに、
どうしてもポルトガルに行ってみたい衝動を抑えきれず、
現地へ取材旅行に出かけてしまうのです!

取材の詳細は本書に譲りますが、
目的のお菓子を買いまくって、
手荷物がお菓子でパンパンの状態で
ロンドン・ヒースロー空港で飛行機乗り換え時のエピソード。

ちょうど厳戒態勢の警備の中、
手荷物を入念に確認されてしまいます。

あやしいモノが入っている訳でなないので安心していると、
機内の熱気で一部のお菓子が溶けだしていたのです。

「これはナンダ!!」と尋問される場面は、
中山さんの他のどの本にも登場しえない、
エッセイ本ならではの微笑ましいエピソードでした。

また、阿部真由美さんのイラストが本当に素敵です!!
お菓子への慈しみを感じます。
しかも美味しそうです。
見てください、このういろう製の胡蝶。
ふっくらとして、優しい色合いで、
愛おしいんですけど、食べちゃうんですよね。
本当に「食べる芸術」だとイラストからも伝わります。

中山さんの文章も、いつもよりはとても身近で優しく、
阿部さんのイラストと相まって、
和やかに癒される和菓子本です。

【文責 宮澤 啓】

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2014年10月15日水曜日

『しばわんこの和のこころ2 -四季の喜び-』 川浦良枝・著



きっかけはこの一冊だった。

これは、私がこの職業に就くきっかけになった本。
最初に読んだのは中学1年生の時だった。
全く新しい環境、他の学校から来た
同級生たちに囲まれて、人見知りだった私は
なかなかクラスに馴染めなかった。
だけど1人でいるのは寂しくて、時間を持て余してしまう。
そんな時、せっせと図書館に通っては
いろいろな本を借りて退屈を紛らわせていた。
長い長い外国のファンタジーを借りて空想の世界に
浸ったり、好きだった動物のノンフィクションの物語に
感動したり、時には子供向けの英単語の辞書を
眺めたりもしていた。
そんな時出会ったのが、この『しばわんこ』シリーズ。
やわらかな曲線で描かれた挿絵と、
暖かな語り口に惹かれて、
図書館に本が返却されるのを待っては
続きを読むのを楽しみにするようになった。

日本の文化や生活様式、心のあり方などを
主人公である”しばわんこ”の日常に取り入れながら
紹介しているのがこの本の特徴なのだが、
その中で和菓子のことが紹介されているのが
この二冊目である本書。
”和菓子の思い出”というお話の中で、しばわんこを
含む登場人物たちが和菓子作りを体験する。
その様子がとても楽しそうで、
また出てくる和菓子もすごく綺麗で
何度も読み返すうちに”自分も和菓子を作ってみたい”
と思うようになった。
そして次の年、先生に頼み込んで
学校の許可範囲ではなかった高崎市の
和菓子店、『六郎』さんでの職場体験を実現してもらい
その思いは確かなものとなった。
この本のおかげで今の自分はあり、
この本と出会わなければ私はまったく別の人生を
歩んでいたかもしれない。

この本の存在に私はとても感謝している。
今、和菓子や日本の文化に少しでも興味がある人は
ぜひこの本を読んでみて欲しい。
そこから同じように和菓子の道を志す人が
現れたら大変嬉しく思う。


【文責 加部 さや】


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2014年10月13日月曜日

『和菓子さろん』 野上千之・著

虎屋一筋53年!
虎屋450年の歴史と3500種類の菓子について、
後世に伝えるべき要点をまとめた集大成の書

著者の野上さんは昭和18年、
戦争真っ只中に虎屋に入店されています。
以来、戦中、戦災、復興を、
虎屋とともに歩まれた方です。

肩書は「前・虎屋文庫長」となっていますが、
戦中戦後の製造部から始まり、
販売・庶務・流通・新工場建設委員長・
社長室・京都支配人とものすごい経歴です。

職人、店員、マネージャーと、
和菓子の製造小売りに関わる
あらゆる仕事を成し遂げた方です。

要は、職人として自ら作れる方が、
虎屋の貴重な歴史的文献と10年間も
真剣に向き合ったうえで書かれた1冊なのです。

あとがきの中で、なぜこの本を書こうと思われたのか、
というお話があります。

その理由のひとつはお菓子の「菓銘」。
葡萄型のお菓子に「葡萄」という菓銘は、
特に茶席菓子の場合、とても野暮です。

菓銘を聞いてなんだろうと疑問を持ち、
由来や背景を説明して納得いただくのが
茶菓子の世界です。

その菓銘、
虎屋さんだけで3200種類もあり、
そのほとんどが、
背景、由来、歴史について、
何ら説明がなかったことから、
その分類、解説を試みたのが、
本書執筆の原点だったそうです。

本書の中から、私がもっとも影響を受けたのが
「岡太夫」
という菓銘の和菓子です。

実は、「岡太夫」は「蕨餅」(わらびもち)です。
なぜ岡太夫が蕨餅なのかは、
本書をお読みいただくとして、
私が注目したのは、
「名菓の消滅」と題した最終章です。
著書より一部抜粋します。

P288 せっかく古くより継承されてきた蕨粉を使用した本来の蕨餅が、今消滅の寸前にある。
 菓子業界としても、この伝統ある名菓をなんとかして後世に残し伝えゆく責任があると思う。

私自身は、この一文に心打たれて、
本物の「わらびもち」を後世に残したい!
と決意を固めるきっかけとなりました。

私にとっては、和菓子職人としての
生き方を変える程、影響を受けた1冊です。

【文責 宮澤 啓】

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2014年10月12日日曜日

『和菓子の美』 10人の名匠による技

10人の名匠が次世代に伝えたい和菓子とは

全国和菓子協会・専務理事の藪光生さんが、
全国の菓匠の中から選びに選び抜いた10人の中に、
高崎の和菓子職人がいます。

「鉢の木 七冨久」石川久行さん。
この本は、石川さんから直接買い求めました。

ということで、今日は地元の和菓子職人しか知りえない、
石川久行さんのお人なりをご紹介しながら書評させて頂きます。

思い起こせば20年前。
菓匠京山での修業を終え故郷に帰りました。
25歳。
当時は微笑庵ではなく「みやざわ製菓」。
看板商品は「上州の田舎っぺ」。

そんな私にとって、
創業初代から三代にわたって、
天皇・皇后両陛下に生菓子を献上した和菓子店、
「鉢の木 七冨久」さんは雲の上の存在でした。

「どんな方があの素晴らしいお菓子を作っているんだろう?」
そんな方から、思ってもいないお誘いを受けるのです。

「和菓子職人の有志を募って
勉強会を始めるんだけど宮澤くんも来ない?」

『高崎菓子倶楽部』は平成8年7月に発足しました。
毎月1回、テーマを決めて集まります。
ただの親睦会と違うのは、必ず「宿題」があったところです。

平成9年5月に、テーマ「水羊羹」で集まりました。
その時の記録と写真がありますので紹介します。

【基本配合は同じで寒天を変えると食感はどう変わるか?】
・糸寒天、角寒天(宮澤)
・釜一番(石川)
・テレット(風間)
・ウルトラ寒天(清水)
・大和(山本)
【砂糖を変えると風味はどう変わるか?】
・トレハ2割(富樫)
・和三盆糖2割(小倉)
・塩少量(富澤)

このように、理科の実験のように科学的で地道な勉強会でした。
17年前、みやざわ製菓にて。みんな若い(笑)。

仲間の工場で交代で実施したのも新鮮でした。
だって、小規模零細とはいえ、なんとなくライバル心もあり、
それぞれの作業場は秘密にしておきたい気持ちもあったと思います。

以来、20年近くお付き合いさせて頂いていますが、
いつも謙虚であり、勤勉であり、よく働きます。

組合活動では会長職を歴任していますが、
自店のことを顧みないほど、
組合や地域への貢献を第一に行動されます。

菓子職人としても、ひとりの男性としても、
未だに憧れもし、尊敬しています。

そんな石川さん渾身の12品の中から、
代表する1作品だけ選ぶとしたらコチラ。
『水とり・水』
まずもって、今回の10人の名匠の中に、
石川さんのお師匠様のお店「塩芳軒」さんが含まれています。

塩芳軒さんで学んだ菓子を大切にしていればしている程、
究極の12品がかぶってしまうと思うのですが、
「後世に残したい120品」
という書籍の趣旨を考えると、
他の方が作ったお菓子と同じものを作るわけにはいきません。

そんな石川さんの作品には、京菓子の良さと、
関東・江戸菓子の美意識が絶妙に相まって、
独自の菓子に昇華しています。

水鳥の意匠は、作り手の美意識そのものが出ます。
私の師・佐々木勝さんも、10人の1人として登場し、
「めじろ」を作っていますが、まったく意匠が違います。

さらに、水鳥に添えられた有平糖の水。
伝説の名人、高家謙次さん直伝の有平細工を、
京都や東京から遠く離れた高崎で、
大切に守っていらっしゃいます。

鉢の木七冨久に代々伝わる美意識と、
京菓子の美の融合を感じました。

本に掲載された美しい菓子ばかりではなく、
亡き母上の介護のお話しや、
大切な奥さまやお子様との話し、
献身的に働くスタッフさんとの悪戦苦闘などなど、
生身の人間としての苦悩や喜びも、
間近で拝見させて頂いています。

『生き様が菓子にでる。菓子は人なり。』
師匠の言葉とともに、
美しい本から、菓匠の積み重ねた努力や、
次代へ伝えたい想いまで伝わってくる熱い一冊でした。

【文責 宮澤 啓】

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2014年8月27日水曜日

『春夏秋冬 森の中にある小さな工房の和菓子レシピ』 渡辺麻里・著


自然豊かな森の湧き水で作られた
和菓子はどんな味がするんだろう。

どんな食べ物も、料理する際の水で
味が変わると聞いたことがある。
ご飯を炊くときも、味噌汁を作るときも、
はたまた野菜の煮物をするときだってそう。
おいしい水で作られた料理の美味しさは格別
だというのだ。

普段の生活では料理でも、お菓子でも、
作る際に使うのは普通の水道水だ。
いつも変わらない、綺麗に浄化された人口の水。
たとえどこか違う場所に行ったとしても
蛇口をひねればほとんど同じ水が出てくる。
それで作ったお菓子はやはりどこか同じ味に、
言ってしまえば個性のない味に
なってしまっているのかもしれない。

均一に整えられた水で作るお菓子と、
森の滋養を含んだ水で作られたお菓子。
この2つだったら、私は後者を食べてみたいと思う。

本書p8の『寒天』はまさしく水の味で
変わってくると言えるお菓子だろう。
普段は寒天だけを固めたお菓子を作ることは
あまりないけれど、この本の著者である
渡辺さんの住む北海道のニセコの森で取れた
水で作る寒天ならば、きっとそれだけでとても
贅沢なお菓子になるに違いない。

それから『水ようかん(p20)』も大変
水分量の多いお菓子で、その大部分を占める
あんこは小豆から練り上げるまでに
たくさんの水を必要とする。
美味しい水で作られた餡を、またその水と寒天で
固めたお菓子。水を食べていると言っても
過言ではないだろう。
抹茶の水ようかんも、ここらで食べる
抹茶のお菓子とは一味違ってくるのではないだろうか。

p80には枝豆あんとミニトマトのコンポートを
使った『水まんじゅう』も紹介されている。
枝豆もミニトマトも、ニセコで育ち、収穫されたものを
使っているということで、水まんじゅうの生地との相性も
とても良さそうだ。

著者の渡辺さんの営む和菓子工房「松風」は、
月に一度販売会も開催されているそう。
北海道へ行った際にはぜひ足を運び、
ニセコの森の湧き水で作られた
お菓子を頂いてみたいと思う。


【文責 加部 さや】


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渡辺麻里・著 成美堂出版



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2014年8月3日日曜日

『花雲水』 芝田清次・著

昭和33年、39歳で和菓子作りの経験ゼロで創業
昭和56年、62歳で全国百貨店和菓子売上の
一位、二位、三位を独占した、
「叶匠壽庵」創業者・芝田清次さんの半生記

本書は叶匠壽庵さんが人気絶頂の昭和60年に出版されました。
和菓子の関係者のみならず、
一般のお菓子ファンの方々まで、
「叶匠壽庵の成功の秘訣」
を知りたくて仕方がないタイミングです。

おそらく、多数の取材も受けていたことでしょう。
「あなたの成功の秘訣はなんですか?」

しかし、多くの読者の期待とは裏腹な序章から物語は始まるのです。
具体的なお話しは本編に譲りますが、
私なりの解釈では、以下の通りです。

「私が菓匠として経営者として、
至らないために、力不足のために、
実現できないことがいかに多い事か!
そんな痛み、悩み、苦しみを、
多くの方は理解して下さらない。
しかし私は、命ある限り、
自分のなすべきことが何かを探し、
挑戦し続ける覚悟です 」

要は、この本は成功者として語るのではなく、
挑戦者として語るんです、と序章で宣言されたのです。

知の泉がほとばしるような文章、
波乱万丈の人生に心底敬服して、
「生前に直接お話しを伺ってみたかった」
と思っていたところ、
父の本棚に講演会のビデオがあるではありませんか!

三脚もなく手撮りなので、見づらい動画ですが、
書籍に書かれていないことが語られていて貴重です。
その動画の中には、何かを必死で学ぼうとする、
若き日の父の姿もあります。

付箋を貼りながら再読したので、
前回読んだ時には気付かなかったこともたくさんありました。
特に、伊藤忠の越後正一社長との出会いから、
徐々にお客様が増え始め、
今までの生産体制では間に合わなくなる創業5年目。

最初の5年を支えた職人たちすべてを解雇し、
新人を一から育成するお話しや、
三顧の礼で拝み倒して職長として雇った職人を、
1年もせずに解雇したお話など、
今の自分の状況や心境と重なる部分もあり、
とても共感できました。

全編を貫くのは、深い教養と謙虚さと鋭い美意識です。
創作は鬼のように没頭し、
今までにない美しさで装い、
心からの謙虚さで接客応対を重ねます。

成功の秘訣は簡単にまねできるものではなく、
日頃の地道な精進の果てに、
かすかに見える希望です。

本書発行の時には、
日本を代表する名店に成長した叶匠壽庵さんでさえ、
バブル崩壊の時節には倒産の風評まで飛び出すのが、
商いの難しさだと思います。

『凡そ菓子職人として成就するには運不運というものにあらず』
から始まる「菓子の座一枚起請文」は、
和菓子職人の宝です。
折に触れて読み返したい大切な一冊です。

【文責 宮澤 啓】


余談ですが、本のタイトルにもなっていて、
以前は看板商品だった「花雲水」。
廃版は残念です。復刻を願っています。



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芝田清次・著 講談社



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2014年7月29日火曜日

『薬膳お菓子 季節と身体によりそうお菓子作り』 辰巳 洋・大村和子 著


好きなお菓子を食べることが、
身体にも良いことだったら・・・

そんなふうに考えたことはないだろうか。
お菓子といえば油や砂糖が使われていて
身体にはあまり良くないものと思いがちだ。
実際に私も中学生くらいの頃、
駄菓子をごっそりと家に買って帰って
親に怒られたような記憶もある。
(※駄菓子には添加物・着色料などが多く含まれて
いるものもある為、あまりお勧めできません。)

しかしお菓子の材料の中には身体に良い
効能をもたらすものもたくさんあるのだ。
この本ではそんな身体に良い効果をもたらす食材、
=薬膳を使ったお菓子が紹介されている。

薬膳という言葉を調べてみると、
生薬の原料や材料として用いられる海松子、
金針菜、枸杞、紅花、山査子、銀、大棗、蜂花粉、百合、
竜眼肉等を用いた料理のみならず自然界に
あるものすべてを食物と考え、日本語の造語である
医食同源のもとに個々人ごとに異なる体質や
臓器に適した食物をどのように摂ることが効果的かを
予防医学の見地に立つ中国医学による帰経(きけい)
効果がある料理。(Wikipedia参照)』
とある。

説明だけでは難しいので、身近な例を上げると、
夏はすいかやきゅうりなど水分の多い食べ物を食べる。
これは薬膳でいうところの寒性といって
身体を冷やす(体の熱を取る)性質を持っているのだ。
逆に冬や風邪を引いた時に生姜を入れた飲み物を
摂るのは熱性という薬膳の効用を利用している。

夏に和菓子店でよく見かける『くず桜(本書p39)』も
見た目の涼しさだけでなく、葛粉の清熱効果を利用した
お菓子なのだそう。本書ではさらに清熱解暑の働きを持つ
緑豆が加えられている。緑豆は甘味で口の渇きを
癒やす効果もあるようだ。

また薬膳は体質を改善したり、不調を
調節する機能も持っている。
寒がりだったり、胃腸が弱かったり、
人によってさまざまな違いのある体質。
また現代では避けては通れないストレスや、
長時間のPC作業による目の疲れなどによる不調。
これらも薬膳を効果的に利用することによって
和らげることが出来るそうなのだ。

私の場合は毎年血液検査で引っかかる軽度の貧血症。
同じように多くの女性が貧血気味であるとも言われている。
これは薬膳の言い方では血虚といい、ほうれん草や
落花生、にんじんなどが勧められている。
本書p79の『水牡丹』も、黄身餡に落花生の
ペーストが練り込んであるお菓子。
落花生は肺や膵臓を潤して補う効果を持っていて、
貧血や疲れ、血色の悪さに効果があるのだそう。

先のストレスに関しては、p115の『みかん』という
みかんの餡を姜黄(ターメリック)を加えた求肥で
包んだお菓子がおすすめだ。
みかん餡に使う白餡の材料である白いんげん豆は
胃腸を補益し、余分な水分を乾燥させる効果があり、
求肥に使う白玉粉は胃腸を丈夫にし、疲れ、無気力、
食欲不振を改善させる。
また姜黄と呼ばれるターメリックはみかんと共に
体を温め、気の回りを良くして食欲を誘う効果があるのだそう。

このようにお菓子の材料として使われる食物の中には
食べることで薬となる効用を持つものも多く、
ただ単に身体に悪そうだからというイメージで
お菓子を生活から遠ざけてしまうのは勿体無い。
本書のように薬膳を取り入れたお菓子で
上手に健康を増進してみるのはどうだろうか。


【文責 加部 さや】


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辰巳 洋  大村和子・著 緑書房



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2014年6月28日土曜日

『わくわくほっこり 和菓子図鑑』 君野倫子・著 



見ているだけで楽しくなる和菓子図鑑

この本は私が専門学校の卒業式に頂いたものです。
和菓子の種類だけでなく豆知識や簡単に和菓子が
作れるレシピも載っています。

『和菓子を見て食べて”ほっこり”するという感覚は日本独特のもの
かもしれません。この感覚は、どこか日本人のDNAに
つながっているようにも思います。読者の皆さんが、
この本に掲載した数百個の和菓子の可愛らしさ、
奥ぶかさを楽しんでください。
さらにそれぞれの街の和菓子屋さんに足を運んで
自分のために和菓子を買って、本当の
”ほっこり”気分を味わってくださったら嬉しいです。』

私も和菓子を食べるとほっこりとした気分に
なりますしこの本を読んでいると思わず
和菓子が食べたくなってしまいます。


『茶寿器』
お茶碗の形をした干菓子で数回は抹茶が点てられるそうです。
高校時代は茶道部に所属していたせいか久しぶりに抹茶を立て
て飲みたいと思ってしまいました。京都に行ったら買って試して
みようと思います。

『桜餅』
私にとっては高校、専門学校ともに思い入れのあるお菓子で
食べるのはもちろん作るのも大好きです。

この本を読んでいると全国の和菓子屋さんめぐりに行きたくなります。
いきなり全国は無理なので時間のあるときに少しずつ
お菓子屋さんめぐりに行ってこようと思います。
皆さんも一度手に取ってみてください。

【文責 野口 智美】

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君野倫子・著 二見書房



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2014年6月25日水曜日

『京菓子読本』 山口富蔵・著

 菓子の美しさと物語の両方を学べる一冊
私の京菓子の教科書

菓匠京山での和菓子修業。
師匠の本棚でこの本に出会いました。

京菓子の凛とした美しさに息を飲みました。

膨大な手間暇をかけ過ぎた菓子は、
芸術かもしれないけど京菓子ではない。

シンプルで抽象的な意匠、
四季の移ろいとともに微妙に変化する色彩、
物語を秘めた菓銘などを通して、
召し上がる方に無限の広がりを感じて頂く。

先人から脈々と続く古典的なお菓子に
「末富らしさ」を加えて表現されています。
(特に水色の使い方)

また、古典はもとより、
大好きなクラシック音楽を、
京菓子の技法で表現する斬新なお菓子には
本当に驚きました!

添えられている文章が、
茶人や研究家ではなく、
現役の和菓子職人ならではの温かみがあり、
共感して何度も読み返しました。

お菓子が丁寧に作られていることは元より、
器の素晴らしさ、下布の気配りなど、
写真のクオリティーの高さが凄いです。

この本は、読んで終わりの本ではなく、
菓子を作るたびに開く教科書のような存在。
もう20年近く愛用しているので、
表紙もとれてボロボロになってしまいました。

さらに、この本の凄いところは、
「和菓子教室」まで掲載されているところです!

和菓子職人で唯一、
NHKの「プロフェッショナル」に紹介された菓匠が、
家庭の道具でできる和菓子作りを指南しています。
これは本当にお宝だと思います。
(実際この本はAmazonでとんでもないプレミアが付いています)

本を読んであまりにも感動して、
ついには逢いに行ってしまいました。

この時の貴重な思い出まで書き始めると
少し長くなりすぎますので、
山口さんの別の本のレビューの時に
紹介させていただけたらと思います。

本で人生が変わる。
そんな体験もさせてくれた一冊です。

【文責 宮澤 啓】

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山口富蔵・著 中央公論新社



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『あの人が愛した、とっておきのスイーツレシピ』 NHK『グレーテルのかまど』制作チーム・監修



『グレーテルのかまど』は、
私の好きなテレビ番組の一つ。

社会人になって、最近はなかなか
テレビを見る事が減ってしまった。
それでもたまに、つけたテレビに
見入ってしまうことがある。
『グレーテルのかまど』は、そんな数少ない
お気に入りの番組の一つだ。

番組のナビゲーターを務める俳優の
瀬戸康史さんが、15代ヘンゼルとして
姉のグレーテルにスイーツを作る。
その設定も、番組のセットや映し方も、
どれも温かい雰囲気がありとても癒やされる。

今回はその『グレーテルのかまど』
から出来たレシピ本の、
”あの人が愛したスイーツレシピ~日本編~”
を見て行きたいと思う。

”坂本龍馬のカステラ”
カステラは、
生クリームやバターを使った
美味しい洋菓子のケーキが主流となっている
今でも、子供から大人まで
誰もが好きな和菓子。
江戸時代にポルトガルから伝来した
と言われているカステラは、
昔から作り方も材料もほぼ変わらず
数々の和菓子店の看板商品となっている。
そこで、坂本龍馬といえば
数年前に俳優・歌手の福山雅治さんが
主演の大河ドラマにもなった
歴史上の偉人。
その偉人がカステラを好み、
数々の記録にも残していると知って
和菓子を作る職人の端くれである自分も
少し誇らしい気持ちになった。
本書で紹介しているのは
坂本龍馬が食べていた時代のものよりも
現代に近づけて
はちみつや練乳を加えたもの。
それでも、黄色い卵の色と、
ふんわりした食感はきっと同じ。
幕末を駆け抜けた偉人のことを思いながら
食べてみたいひと品。

”水木しげる夫妻のぼたもち”
『いったんもめん』や『子泣きじじい』、
それに『目玉おやじ』といった
数々の妖怪の名前を知ったのは
小さい頃に見たゲゲゲの鬼太郎の
アニメからだった。
”ゲ・ゲ・ゲゲゲのゲ~”という特徴的な
歌詞をよく覚えている。
これまでに5回もテレビアニメ化された
ゲゲゲの鬼太郎の作者、水木しげるさん。
そして、NHKの連続テレビ小説にもなった
『ゲゲゲの女房』のモデルであり
著者である妻の布枝さん。
数々の名作を描き上げた水木しげるさん
の活力の源になったのが
妻の布枝さんが作るぼたもちだったそう。
今やぼたもち(=おはぎ)といえば
和菓子屋だけでなく、
スーパーでもオリジナルの
ものが売りだされている。
また、多くはないだろうが
家庭でその家の味を守り続けている
ところもあるだろう。
お店によって、作る人によって
餡の炊き方や米の潰し方、
大きさなどにばらつきが出やすいのが
ぼたもち。
本書ではあんこときなこの
二種類のぼたもちを紹介している。
粗めに潰されたお米と
満足感のある大きさが水木家流
なのだそうだ。
漫画家の気分になって
この大きめのぼたもちをパクリと
頬張ってみたい。

本書には今回紹介したもの以外にも、
”アメリのクレームブリュレ”や、
”ナポレオンのクレープ”
など、海外編も素敵なお菓子が揃っている。
『グレーテルのかまど』を見ながら、
ぜひ手にとってもらいたい一冊だ。

【文責 加部 さや】


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NHK『グレーテルのかまど』制作チーム・監修
大和書房


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2014年5月23日金曜日

『四季の菓子』 岡部伊都子・著

人生を変えた本
本はただの活字ではない。人そのものだ。

全国の和菓子店を食べ歩き、選びに選んだ修行先「菓匠 京山」。
師匠の腕と人柄に惚れ込んで修行する仲間が当時10人いた。

兄弟弟子の間で話題になるのは「どの店と迷ったか?」だ。
皆、自分の選んだ店が日本一であることを確認したいのだ。
その中に「一幸庵」さんがたびたび話題に上った。

「なぜ一幸庵さんに行かなかったんですか?」
それは…
「あの店は感想文を書かせるから面倒で。」
というものだった。

私は感想文を書かせる本が何なのか、
気になって仕方がなくなっていた。

そうなると居ても立ってもいられず、
他店で修行を始めたばかりなのに、一幸庵さんに向かっていた。

一幸庵の水上力さん
(画像は「松屋銀座」様HPより)

「佐々木さんのところで修行中かい。
 いいお店で働けてあなたは幸せだ。
 さぁ、中へいらっしゃい。」


水上さんは、初対面の私をいきなり工房へ招き入れて下さった。
「ウワサの本はこれだよ。
 もう絶版だから書店には売っていないんだ。
 良かったら貸してあげるけど読むかい?」

岡部伊都子先生 直筆サインの入った大切な本

私なんかがお借りして良いんだろうかと戸惑いながら、
むさぼるように読ませていただいた。

「本来の菓子、伝承としての、
 文化としての菓子の味を大切に考え直したい」
という編集長の意向をくんだ岡部さんの文章は、
和菓子職人として迷いの多い新人の私に、
進むべき道を照して下さるようでした。

P.34「みかさ」
 いつつくられたのかわからない品ではなく、
ふうわりと焼かれたぬくみが手にうつる、
焼きたてのみかさを得るよろこびは大きい。

P.60「わらび餅」
 「わらび餅」とはためくのぼり。
けれどいまはほとんどが
「わらび餅」という名の「くず餅」。
くずにはくずのよろしさがあるが、
やはり「ほんま(ほんと)のわらび餅」を
手厚くつくっている店は、素通りできない。

P.153「やさしい味」
 できたてのきんとんを食べるなんて機会はそうはありません。
でも、作るお人から言えば、お刺身と同じように、
すぐに口にしてほしいそうです。
すぐに……が無理ならば、
せめてその日のうちにと。

私が和菓子職人として何を大切にするべきか。
岡部先生の語りかけるような文章と、
それをご紹介下さった水上さんのお人柄に心を打たれました。

素晴らしい本と出合ったものの、
借り物だし、絶版ゆえ、
私は全ページをコピーして本を手作りし、
水上さんにお返ししました。

以来、水上さんは20年以上にわたり、
「文化」としての菓子の魅力を私に伝えて下さる、
大切な師匠の一人となりました。

コピーした『四季の菓子』を、
「座右の書」というタイトルで、
微笑庵のホームページに掲載しました。
(残念ながら、「座右の書」の記事はHPリニューアルの折に消えてしまいました。)

なんと、その記事を読まれた方から、
「私が持っているより、微笑庵さんが持っている方が本にとっては幸せでしょうから」
と絶版の本をプレゼント頂くことになるのです。

そんなある日、京都のお医者様から
「あなたの作ったお菓子を食べさせたい人がいるから送って欲しい」
という注文をお受けしました。

京都にお菓子をお送りしたところ、すぐにお電話がありました。
なんと岡部伊都子先生ご本人です!
(画像は「立命館大学国際平和ミュージアム」HPより)

「京都には素晴らしい和菓子屋さんがたくさんありますが、
 あなたのお菓子は、そのどのお店にも負けないほど素晴らしいものでした。
 ありがとう。」

私は、体中の毛穴がすべて開いてしまったかと思うくらい、
汗も涙も止まりませんでした。
嬉しいのは当たり前ですが、
その言葉にふさわしい和菓子職人でありたいと願う緊張感にも同時に襲われました。

2006年、藤原書店さんから「遺言のつもりで」をご出版された折、
岡部先生のお世話になった方々へのお礼のお菓子を、
すべて微笑庵でご用意させていただく機会を得ました。


わたくしどもより、相応しいお店や、素晴らしい職人さんが、
日本中にいることは重々承知しておりましたが、
ご信頼に応えるべく、精一杯ご用意させて頂きました。

2008年の4月、岡部先生はお亡くなりになりましたが、
岡部先生の『四季の菓子』に描かれている、
本来あるべき菓子
伝承するべき菓子
文化としての菓子
を、私は生涯追い求めてゆくつもりです。

本はただの活字ではない。
本は人そのものだと、この経験から私は確信しています。

【文責 宮澤 啓】

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岡部伊都子・著 読売新聞社



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