2016年11月12日土曜日

『電子レンジで手軽にカンタン おうちで作る和菓子レシピ12か月』 鳥居満智栄・著


自らの手でお菓子を作る楽しみ

はじめてお菓子を作ったのはいつのことだっただろう。
多分まだ10歳にもならないころ。
お菓子とも呼べないような焼菓子を作るのに大奮闘して、
それでもすごく楽しかった。

お菓子作りが好きな人なら誰もが持っているこんな記憶。
その為だろうか、お菓子の本には著者の甘くて懐かしい
お菓子の思い出が詰まっているような気がする。

その人しか持ち得ないお菓子作りの思い出と、
その人が日々を過ごしながら感じてきた景色がお菓子には映し出される。
特に和菓子は伝統の形の他に自分の感性で色を付けたり、
形作ったりするものが多い。
必要最低限の道具しか使わないからこそ、手のひらや
指が道具の代わりになる。
そして手や指の形はみんな違っていて、だからこそお菓子にも
個性が現れる。

そう感じたのは、この本で一番最初に紹介されている
”松竹梅”の梅の生菓子だ。
やわらかな五弁の花びらが美しい紅い練切のお菓子だ。
道具を使えば誰でも均等で確実に揃った細工をすることが出来る。
けれどこのお菓子は花びらを手の小指で一つずつ跡をつけていくので、
ふたつとして同じものは作れない。
まさにその人にしか作れないお菓子、というところに魅力を感じる。

また、人によって一つの言葉からイメージするものは変わってくる。
たとえばp25の五月のお菓子。題材は母の日。
母の日といえば何を想像するだろう。
赤いカーネーション?それともバラの花?
はたまたやさしい笑顔のようにふわふわなお菓子?
著者の鳥居さんが作ったのは”花束”。
練切と求肥で作られた表紙の写真にもなっているもの。
繊細な色使いがとても綺麗で、鳥居さんの感性が現れている。
母の日にはこのお菓子をあげたい、と思うようなあたたかな思い出が
きっとあるのではないだろうか。

さらには鳥居さんの人柄が見えるようだと思うのはp53。
クリスマスを題材にしたお菓子だ。

もうじきクリスマスの季節。
クリスマスといえば洋菓子が主流だけれど、
p53の”ホワイトクリスマス”を見ていると和菓子のクリスマスも
素敵なんじゃないかと思い始める。
”クリスマスにケーキではなく、和菓子を食べてもらいたくて考えたきんとん菓子です”
その言葉が添えられている雪だるまの生菓子は一見和菓子には見えない可愛さ。
これなら洋菓子を食べられない人でも一緒にクリスマスを楽しめる。
そんな心遣いまで嬉しいお菓子。

私たち職人は時に忘れてしまうけれど、ただ綺麗なものを作るだけが
お菓子作りではない。
あげる相手の事を想い、食べてくれる人の事を考え、
少し失敗しても、不格好でも、それを作った時の思い出までが
たからものになる。
それがお菓子作りなのだ。
お菓子作りの”楽しさ”といえるものを
いつまでも忘れずにいたい。
そんな風に思えた一冊。

【文責 加部 さや】


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2016年9月28日水曜日

『亀屋伊織の仕事』 山田和市・著 

400年続く京都の老舗を後継する
18代目若旦那の瑞々しいエッセイ

著者で干菓子職人の山田和市さんは、
1971年生まれで私とほぼ同い年です。

干菓子専門の老舗和菓子店の長男に生まれ、
自分が後継しないと400年の歴史の火が消える。

職業選択の自由がない宿命に
反発した時もあったかもしれません。
しかし、自ら「亀屋伊織」の歴史を学ぶ中で、
その暖簾の重みを深く理解してゆく様子が、
文章からにじみ出ています。

亀屋伊織さんだけでなく、
京都の老舗が次々と消えた大事件を
ふたつ例に挙げて下さっています。

「蛤御門の変」と「東京遷都」

長州藩が起こした戦乱によって、
京都の大半が焼け野原になったと言われています。

また、焼け野原からやっと復興した矢先に、
政治と文化の中心が東京へ移ってしまいます。

それまでの庇護者を失った老舗の苦労は計り知れず、
亀屋伊織さんも例外ではありません。

現存する当時の広告コピー。
そのあまりの必死さは、
どんなことをしてでも、
どうにかして家業を守り抜こうとする
曽祖父たちのの想いが溢れています。

また、家業を守ったのは、
菓子職人のご先祖様だけでなく、
画家の今尾景年さん、
道具商の松岡嘉右衛門さんはじめ、
多くのお客様の支えがあってのことと
感謝された後の文章が素晴らしいです。

P.85 代を新しくするごとに受け継がれていくものは、単に菓子作りの技術だけでなく、まさにこのような歴史そのものだと思うのであります。

また、伊織さんの干菓子の魅力を語った文章にも感嘆しました。

P.93 私どものお菓子は仕事場で完成するものではないと考えております。(中略)私共の手を離れたお菓子が、それぞれのお席で私どもの想いをこえて育んでいただける(以下略)

副題にもなっている「相変わらずの菓子」。
菓子の種類や取り合わせは、長い歴史の中で、
磨かれ、研ぎ澄まされたものです。

斬新な新作に挑戦することは極めて稀で、
毎日の仕事は同じことの繰り返し、
「相変わらず」になります。
それがなぜ飽きないのか?

P.101 絶えず巡ってくる季節はいつも新鮮そのもので、私たちの気持ちもその都度新しくなります。私ども作りと手と、お客様が、お茶という目的のなかで同じ時代、同じ季節を共有している以上、「相変わらず」は古びることがないと思っているのであります。

写真も豊富で見ているだけで楽しく
干菓子の四季が学べる構成になっています。
瑞々しい文章からは、
先人の歴史を謙虚に学ぶ姿勢と、
同じ仕事を繰り返す職人仕事の中に、
絶えず新鮮さを見出す感性に、
心からの敬意を感じました。

私も和菓子に関わるものとして、
和市さんと語り合えるような職人になりたいものです。

【文責 宮澤 啓】

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2016年9月5日月曜日

『白玉屋新三郎の白玉レシピ』 白玉屋新三郎・著


こんなに簡単で、こんなに美味しい

小さいころ、ちょっと欲張って一口で白玉を頬張って
喉に詰まらせそうになったことがあったような、ないような…
白玉と聞いて真っ先にイメージするのはやっぱりその
独特のモチモチとした食感。

餅などとも違う、その白玉ならではの歯触りは
食べた人を病みつきにしてしまう。
あんみつや和風パフェなどに添えられていることも多い白玉だけれど、
その美味しさは主役級。

私が好きでたびたび訪れる鎌倉の甘味処『茶房 雲母』さんでも
美味しい茹でたての白玉スイーツを求めていつも女性たちが
行列を作っている。
(http://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14000248/)

そんな風に和菓子の中でもとても人気のある白玉だんご、
作り方は驚くほどやさしい。

熊本県で370有余年も白玉粉を作り続けている、『白玉屋新三郎』
さんがこの本の中で、代々受け継がれてきた
一番おいしい白玉だんごの作り方を紹介している。(p15~)

白玉だんごを作るには、
①まず白玉粉に分量の三分の二ほどの水を入れ、
粉の粒が残らないように手でこねる。
②それから残った水を手に付けながら硬さを調整して、
耳たぶくらいの固さになったら小さめの団子に丸める。
③それを沸騰した湯の中でしばらく茹で、茹で上がったら
冷水に付けて冷やす。

少し簡略化させていただいたが、ざっとこんな手順で出来上がる。
冷やした白玉はとろりとしたつぶあんをかけてぜんざいにしてもいいし、
フルーツポンチに入れたり、団子汁にしてもいいらしい(p27)。
そのさっぱりとした白玉の味わいは甘いものにもしょっぱいものにも
合わせることができる万能選手のようだ。

以前中国の友人は白玉だんごの中に落花生のペーストを入れ、蜜をかけた
デザートを振る舞ってくれて、これもとても美味しかった。

また、白玉粉は白玉だんごだけではなく、洋菓子の素材としても優秀な様子。
p78の”プレーンクッキー”では、材料の小麦粉の代わりに白玉粉を
使っていて、普段のサクサクとは違うモチモチ感が楽しいおやつになっている。

その他にも、ピザやチヂミなど、思いもよらない料理へと白玉粉が大変身。
普段小麦粉を使った料理にも白玉粉は立派に役目を果たしてくれる。

白玉粉を知り尽くした老舗から生み出される美味しいレシピの数々。
白玉好きな方はぜひ一度目を通してみては?


【文責 加部 さや】


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『白玉屋新三郎の白玉レシピ』
白玉屋新三郎・著 株式会社パルコ


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2016年7月30日土曜日

『和の色のものがたり 歴史を彩る390色』 早坂優子・著


日本にはこんなにもたくさんの色がある。

日本には春夏秋冬があり、縦に長い日本列島では北と南では
同じ季節でも違う景色が見られる。その為か日本人の色彩感覚は
とても繊細で、文化にも色濃くそれが現れている。
その代表的なものに着物や日本画といったものがある。
和菓子もその一つと言えるだろう。

今回はいつもの和菓子が主題の本ではなく、和菓子を作る上で
欠かせない”色”についての本を紹介したい。

和菓子の美しさといえば、菓銘やモチーフの表し方など幾つもの
要素があるが、なんといっても一番に目を引くのはその色彩だと私は思う。
洋菓子などとは違い、それは決して目を引くような派手さはないけれど、
淡く、繊細な色使いに日本人の美意識や奥ゆかしさを感じるのだ。
そしてその色合わせには自然を写しとった日本ならではの
和の色が使われていることが多い。

古くから日本では外国の文化を取り入れながら
その装束を少しずつ変化させ、日本ならではの色彩感覚を作り上げてきた。
十二単などの着物に見られる色合せは日本人の遊び心も垣間見え、
その種類の豊富さに圧倒される。
p26,27では源氏物語に登場する姫君たちに
光源氏が贈った着物の合わせ方が紹介されている。
光の君は女性たちの顔立ちや思い入れの強さに合わせて
着物を選んだというからそのセンスの良さと気の利かせ方に脱帽だ。
またp114~p117では季節ごとの”かさねの色目(着物の合わせ)”を
見ることが出来る。
梅やすみれ、若菖蒲など季節を代表する草花が絶妙な
色の組み合わせで表現されていて、まさにそのものを
見ているかのようでとても美しい。

さらにその組み合わせを作る色には由来があり、時代によって
華やかだったり、澁みがかった色だったりとその時々の人々の
好みや風習も現れている。
和菓子が今の形になった江戸時代(p44~)では、茶色や鼠色が
混ざった色合いの着物が好まれ、また贅沢禁止令により
紅色や紫色が使えないとくれば、それに似た
似紅(にせべに)”や”似紫(にせむらさき)”といった色を作り出すなど、
人々の色に対する憧れを見ることが出来る。
和菓子に美しい色合いが使われるようになったのは
こういった背景があるのだろう。

有職菓子御調進所 老松さんのホームページ、菓子の歴史には
こんな文が載っている。
(http://oimatu.co.jp/product/history/より引用させて頂きました)
若い頃、今日作る菓子の色合いの配合について先輩に
質問するとよくおこられたものだ。
「京都をとりまく山端の色の変化に応じて、昨日より今日、
今日より明日へとクチナシの黄色を足す。山をよく見ろ」
同じ菓子でも、私たちは朝つくるもの、夜作るもので色を替える。
このような加工食品は世界にひとつである。” 

自然の色は常に移りゆくもので、一日として同じものはない。
そんな日々の変化を感じ取り、食べて下さる方たちに伝えていけたら、
職人としてこんなに嬉しいことはない。


【文責 加部 さや】


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『和の色のものがたり 歴史を彩る390色』
早坂優子・著 視覚デザイン研究所


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2016年6月23日木曜日

『毎日食べたいお菓子のヒミツ』 青木松風庵・取材協力


お菓子は人生に寄り添うもの。

この本にはそんな風に人々の毎日に寄り添い、少しでも良い物を届けたいという
青木松風庵で働く人々の信念が詰め込まれている。

”おしゃれ”という名前の人気のいちご大福があるお店。
読む前のイメージはそれだった。
群馬県から見ると大阪は遠く、文化や食の好みも違う
関西方面のお店のことはあまり詳しくない。
しかも関西方面でまず最初に目が行ってしまうのは和菓子の最盛地で
ある京都ばかり。
そんな中でこの本を手に取ったのは表紙のどら焼き(関西ではみかさ)が
あまりに美味しそうだったからだ。

(余談ですが…
ちょうどこの頃、お店で毎日作るどら焼き(私が生地をこねさせてもらっていた)が
上手く焼けないことが多く、何が悪いのかをひたすら考えていました。
不器用な私はすぐにはそれを修正することが出来ず…。
ならば、と色々なお店のどら焼きを買ったりレシピ本の配合を見たりして
なにかしらの改善を図ろうとしており、
そこでたまたま見つけたのがこの青木松風庵の
”毎日食べたいお菓子のヒミツ”でした。)

写真を見るだけでも伝わってくる、きめ細やかな皮。
中に挟まれている餡は程よい粒感がありツヤツヤ。
これはもう美味しいに違いない、そう思わせるどら焼きはなんと毎朝5時から、
多い日では1日に3万個以上作られるというからなんとも驚きだ。
材料は生地に使う小麦粉から主役の餡を作る小豆まで全てにこだわり、
一切の手を抜かない。それなのに値段は誰もが手に取りやすい価格になっている。
しかも常に新鮮な作りたてをお客様に提供できるように、工場からの
トラックは1日3便。
38店舗どこへ行っても変わらぬ美味しさを届けたいという
代表取締役の青木さんの信念がどこまでも揺るぎない。

たくさんの商品があればそれぞれに力が分散してしまって、どこかが”ヌケ”に
なってしまいそうなものだが、青木松風庵のお菓子にはそれがない。
一つ一つがこだわりぬかれて作られている。
昔からのレシピを引き継ぐだけではなく、より良い物を作りたい
という思いから常に作り方も見直されているようだ。

しかも、そんな抜群のお菓子たちをさらにお客様に気持ちよく
買って頂きたいというおもてなしの心が素晴らしい。
奥様のまゆみ専務が始められたという”一期一会の思いを込めた「お茶出し」”の
お話が私はとても素敵だと思う。
お店に来てくださる方に少しでも安らぎの時間を過ごして欲しい、
そんな思いやりの心が青木松風庵の販売員の方たちに宿っているからこそ、
多くの人々に愛されるお店になっているのだと思う。

そして何よりもこれらの良さを生み出していると思われるのが
青木松風庵では働く人たちの事を「従業員」とは呼ばず、
同じ志を持つ「仲間」と呼ぶ(p128)ということではないだろうか。
ここで働く人は工場の一つの駒などではなく、皆が大切な役割を担っていて
上下関係や他店舗などという枠組みを超えた”仲間”なのだ。
それはもうこの表紙のどら焼きの様に、丸い一つの輪=和となって
大きな暖かさをお客様に伝えていくに違いない。

和菓子は、”和む”菓子と書く。
人々の毎日にそっと寄り添い、和ませる。
そんなお菓子を私も作っていきたいと思う。


【文責 加部 さや】


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『毎日食べたいお菓子のヒミツ』
青木松風庵・取材協力 幻冬舎


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2016年6月13日月曜日

『あすか』 竹内結子・主演


朝ドラに和菓子職人が初登場!
1999年放送 竹内結子さん主演デビュー作

個人的な話で大変恐縮ですが、
2000年の6月に結婚した私にとって、
このドラマは、本当にタイムリーでした。

和菓子屋さんとか和菓子職人なんて、
そんなにドラマチックじゃありませんよ。
地味な仕事の一つだと思います。

でもこのドラマのおかげで、この時期だけ
全国的に「和菓子職人」が注目されました。
結婚の背中を押して頂いたかもしれません(笑)

しかし、放送から16年が経ち、
内容をほとんど思い出せないのも寂しく
DVDを取り寄せて改めて拝見しました。

和菓子の美しさに魅せられた少女「あすか」が、
「一生一品」という和菓子職人の究極の目標に向かって、
様々な困難にもめげず、力強く、
そして懸命に生きる姿を爽やかに描く
(DVD解説文より)

現在でも活躍中の竹内結子さんの初々しい演技。
中でも、和菓子職人になる決意を示すために、
身を清めてさらしを巻き、
家族が断髪するシーンと、
藤木直人さんと結婚するシーンは、
息をのむ美しさでした。

しかし、「あすか」は健気で無垢な感じではなく、
元気でちょっと生意気な役どころです。

良いお菓子もたくさん作りますが、
「フルーツ羽二重」
「葛とろりん」
など、老舗を傾かせるような不思議なお菓子を
全力で作ってしまいます。

こんな時に、彼女を正しい方向へ導いたのは…
茶道の宗匠「松坂太兵衛」役の金田龍之介さんです。

金田さんの円熟した芝居は、
とても演技とは思えません。
本物の宗匠そのものです。

時には厳しく、時には深い愛情をもって、
素晴らしい菓子とは何か、
諭してゆくのです。

私にとって、
このドラマの一番の見どころは、
金田さんの演技とお言葉でした。
「良い菓子とは何か?」
すべての和菓子職人の心に刺さる
素晴らしい宗匠役でした。

ドラマの中で何度も
漫画「美味しんぼ」のように、
「和菓子対決」が行われます。

当時は
一視聴者として楽しんでいました。
今となっては、
「もし和菓子対決のお菓子を考える仕事を依頼されたら?」
と、自分事として見てしまいます。

製菓指導をされたのは、
京都を代表する老舗「塩芳軒」の
高家昌昭さん。

この本棚でもレビューした
日本を代表する10人の名人の1人として登場しています。

対決を通して、あすかや視聴者に、
良い菓子とはなにか、
菓子で表現しなくてはなりません。

勝者と敗者の菓子、
両方を考えねばならず
とても難しい仕事だったと思います。

「一生一品」
死んでも残る菓子とは?
金田さんや竹内さんの熱演とともに
和菓子職人としての原点を
考えさせてくれるドラマです。

【文責 宮澤 啓】

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2016年5月10日火曜日

『IKKOAN』 水上力 IKKOAN制作委員会・著

和菓子を世界へ!
今や日本を代表する和菓子職人
水上力さんが七十二候を和菓子で表現

水上さんを初めて知ったのは、
私が23歳、京山さんで修行中のとき。
その時のエピソードは、
に書きましたのでここでは繰り返しません。
以来、20年以上私淑しております。

業界紙「製菓製パン」の取材記事を中心に、
dancyu 、Cafe Sweets など、
取材記事をすべて切り抜き、
それらをすべて自作の年表に落とし込んで、
水上さんが何歳の時に
何を思い、何をしたのか、
事あるごとに眺めています。、

そんな水上ファンの私にとって、
忘れることのできないエピソードを紹介します。

いつものように、アポも取らずに突然伺ったところ、
なんとテレビの取材が入り、撮影の真っ最中でした。
一真庵の柳瀬さんなど、
優秀なお弟子さんを何人も育成した水上さんですが、
その時はたまたま一人で取材を受け、
てんてこ舞いしています。
「よかったら手伝っていくかい?」
このとき初めて、水上さんの仕事・技を
間近で一日中拝見することになるのです。

その時のVTRは今でも宝物です。
インタビューの中で
「和菓子は先人から脈々と受け継がれ、磨かれてきました。
私もその一点に過ぎず、自分の持っているものは、
すべて次の人に伝えたいと思っています」
と答えています。

「次の人」というのは、
普通はお子さんやお弟子さんですが、
水上さんの凄いところは、
和菓子に対する情熱を感じる人であれば、
職業や国籍を超えてオープンなところです。

パリでゼロから苦労して起業されて、
今では世界を代表するパティシエ
青木定治さんもその一人です。

まだ青木さんが日本にお店を構える前の2004年。
水上さんと青木さんのコラボ・スイーツ
「我亦ミルフィユ」
の発表は衝撃的でした。

和菓子関係者だけではなく、
日本中のパティシエや洋菓子愛好家が
水上さんに注目することとなります。

トップ・パティシエしか入会を許されない
ルレ・デセール協会の25周年記念式典で、
和菓子のデモンストレーションを披露すると、
遂に国境を越えて、
外国人パティシエやシェフが、
和菓子の魅力に魅了されるのです。

【和菓子を世界へ!】

2008年にパリで和菓子の紹介をしたのを皮切りに
ロサンゼルス、バルセロナ、ミラノなど、
世界各地で和菓子の魅力を紹介し
大きな反響を受けてゆきます。

日本にとどまらず、
海外のオーディエンスにまで、
日本文化の魅力を紹介する想いが、
今回の著書「IKKOAN」に結実しています。

・日本人の美意識を「七十二候」の菓子で表現
・解説は日・英・仏の三か国語で
・制作費の一部はクラウド・ファンディングで

など、和菓子職人として日本初の挑戦の連続。
着想10年、制作5年と、
ご出版までの道のりは、
決して簡単ではなかったと思います。

本書だけでなく、
水上さんの生き方そのものが、
私にとって人生の指針となっています。

私も先人の知恵に敬意を払い、
大切な和菓子文化を次の人に、
世界に!
お伝えできるようになりたいものです。

素晴らしい本をありがとうございます。

【文責 宮澤 啓】

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『IKKOAN』

水上力・著 / IKKOAN制作委員会
制作統括:南木隆助



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本書の紹介は「宮越裕生」さんのコラムが、写真と言い文章と言い秀逸です。
リンクで紹介しようと思ったのですが、まれにリンク先の記事が無くなったりすることもありますので、備忘の意味も込めて本ブログにコピーで保存させて頂きます。
↓以下の記事はすべて宮越裕生さんの文章です。↓